最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)6号 判決 1953年12月24日
岡山県真庭郡勝山町大字勝山字新建
上告人
植元隆
右訴訟代理人弁護士
柴田治
同所
被上告人
横山歳夫
右当事者間の家屋明渡請求事件について、広島高等裁判所岡山支部が昭和二四年一一月二五日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士柴田治の上告理由第一点について。
しかし、原審の引用した各証拠(就中乙第三号証の一、二)によれば、本件家屋の売買契約によつて家屋の所有権が買主に移転した時期を、本件家屋の売買契約の成立した昭和二二年一〇月五日頃と異なる昭和二三年二月一九日であるとする原審の判示を肯認することができるのであつて、所論は結局原審の裁量に属する証拠の取捨判断及び事実認定を非難するに帰し、上告適法の理由とならぬ。
同第二点について。
しかし、所論に指摘する原判決理由中に借家法「第二条ノ二」とあるは「第一条ノ二」の誤記であることは判文の全趣旨に徴し明らかである。そしてかかる誤記は更正決定を以て訂正すれば足り、原判決破棄の理由とならない。されば、論旨は理由がない。
同第三点について。
しかし、上告人が本件家屋の買受後被上告人に対しその一部の明渡を求め、その結果一ケ月後に本件家屋全部の明渡をする旨の合意が、被上告人との間に成立したとの所論の事実は、原審の認定しなかつたところであること、原判文上明白であるから、右事実の存在を前提とする論旨は失当である(なお所論証人初本清治、旦克巳、植元清太郎の各証言中右事実に関する部分は原審がいずれも措信しがたいと判示しているのである。そして原判決はその後段において右証人の証言を採用しているが、それは右各証人の証言中前記措信しない部分を除外しての趣旨であること、原判文の前後を通読することにより明白である)。また上告人がその居住している家屋の明渡をその所有者岡田滝太郎から求められているとはいえ、その一事をもつて明渡の要求が本件解約の申入れを正当の事由ある場合たらしめることはできない。そしてその他の論旨の事実によるも、原審の認定したような上告人の本件家屋取得の経緯及び当事者双方の職業関係と比較対照するときは、上告人の本件賃貸借契約解約の申入に借家法一条ノ二の正当の事由があるものとは認め難いとの原審の判示は、これを肯認できるのであつて、原判決には所論の違法は認められない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)
昭和二五年(オ)第六号
上告人 植元隆
被上告人 横山歳夫
上告代理人弁護士柴田治の上告理由
第一点
原判決には理由不備の違法がある。
原判決は「成立に争のない乙第三号証の一、二、原審並に当審証人旦克已及び原審における控訴本人(一部)の各供述を総合すれは控訴人と同訴外人間の本件家屋の売買契約が成立したのが昭和二十二年十月五日頃であつたがこの売買契約に基いて控訴人が本件家屋の所有権を取得したのは翌二十三年二月十九日であつて同日被控訴人に対する本件家屋の賃貸借を承継したことが明認せられ」るとして上告人が本件家屋の所有権を取得した時従つて賃貸借関係を承継した時を昭和二十三年二月十九日であると認定せられたがその認定の根拠(法律関係)については説明されていない、多分乙三号証の一、二、の「一月中は売買契約完了せざるも」「本日を以て譲渡完了せしに付」等の文言によつて上告人と旦克己との間の本件家屋の売買に付ては売買と同時に所有権は移転せず代金支払完了の時に移転するというような特別の意思表示があるものとでもせられたものと思はれるが原判決の引用せられた原審証人旦克己の尋問はその点について申請し採用され尋問したのであつて同証人は左様な特別の意思表示はなかつたことを明言したのである、さすれば本件家屋の売買は特定物の売買であつて民法一七六条の原則により売買契約と同時即ち昭和二十二年十月五日に上告人に所有権が移転したものであつて代金がその時支払未了であつてもそれは所有権移転には関係がない、この原則的売買契約ではないとするにはその特約ありとする根拠と証拠とがなくてはならないのに原判決にはそれはないのである、乙三号証の一、二、にある前記の文言は売買代金授受完了のことを言つているのであること証人旦克已の一審の証言によつても判るところである。
則ち原判決は本件家屋の所有権移転の時即ち賃貸借継承の時の認定につきその引用した証拠に反し且つ民法の原則に違う判断をなし而もその理由を示さない理由不備の違法がある。
第二点
原判決は虚無の法条を適用して為された違法がある。
原判決は上告人が本件家屋賃貸借解約の申入は借家法第二条の二所定の正当の事由があると主張したといゝ之について原判決の認定された事実は同法条の正当性があるとは認められないとして本件家屋賃貸借解約の申入は無効であるとせられた、
しかし上告人は一審二審を通じ借家法第二条の二云々と主張したことはなく借家法にも第二条の二という条文はないから原判決は虚無の法条を捉えて解釈し適用して為されたものとなり大なる違法がある。
仮りに原判決には誤記があるのであるとしても裁判所がその判決に於てその引用した法律の法条を誤記したというようなことは誤記したと丈で済まされないことであると信ずる。
第三点
原判決は借家法の適用を誤り不当に賃貸借解約の申入を制限した違法がある。
原判決の解釈された「正当の事由」とは借家法第一条の二にいう所の正当の事由であるとしても原判決が上告人の解約の申入を無効とせられた理由は当事者双方の全立証、職権による一審の検証の結果及び弁論の全趣旨に徴し当事者双方の家族関係職業関係、資力関係、その他諸般の事情を比較衡量し、本件家屋の状況に鑑みても上告人が本件家屋の明渡を得られることによつて受ける利益が被上告人がその明渡を要求されることによつて受ける不利益より大であるとは認められないという事と一審証人初本清治、一審並びに二審証人植元清太郎、一審における上告人本人及び一審並に二審に於ける被上告人本人の各供述を総合して上告人は買受前に被上告人と家屋明渡に関し交渉することもなく本件家屋を買受けて賃借人である被上告人を立退かせてそこに居住しようとするものであることが認められ之は居住の安定を目的とする借家法の立法精神に反するという事とである。
しかし原判決が正当の事由とはならぬとして摘示せられたところは借家人(被上告人)の立場を援護する面を見るに急であつて家屋を買受けた所有者(上告人)の立場とその要求とを観ない偏頗なものであり原判決の引用された証拠によつて認められる左記の事実を看過したものである即ち本件家屋の前所有者旦克已は財産税納付のために何人にかは本件家屋を売渡したのであること、その売却については先づ被上告人に交渉したが被上告人が買はないので上告人が買うようになつたのであること、被上告人が買わなければ他の何人かゞ買取り被上告人は家屋の明渡しを請求されるようになるべきことは自ら明かであり上告人が前以つて明渡に関して交渉せずとも自然明渡の問題に直面することを被上告人は知つた筈であること上告人はその居住家屋が岡田滝太郎の所有家屋を瀬尾という者が賃借していたものゝ一部であり転借したものであるのに瀬尾は岡田から明渡を裁判上請求されて既に明渡し転借人の上告人丈が転居先のないために喧しく言われながら明渡し得ずに居る関係上無理をして本件家屋を買受けたものであること(上告人並にその父植元清太郎は資力があるのではなく本件の訴訟費用にも困難している)しかも上告人は被上告人に対し全部の明渡しを求めたものではなく二階の二間(被上告人が以前学生を下宿させていた所であつて当時も今も使つていない所)の明渡を求めたものであること(この一部明渡を求めたのに対し被上告人は同居を好まず兄弟の家が明くことになつているので二十日後には全部を明渡すと言つたので仲人初本清治が二十日間は短か過ぎると言つて一ケ月後に明渡すことゝ協定したのであるが此の事実は原判決は認められていない、併し原判決がその全部を引用して居られる一審証人初本清治、旦克已の証言、一審並に二審証人植元清太郎の証言によればこの事実は明かに認められる、原判決は前段の認定に於て証人初本清治、植元清太郎の供述は信用しないとして右事実を認められていないが後段に於ては証人初本清治、旦克已植元清太郎の証言を無制限に引用されながら明渡の申入は不成功に終つたとされているのであつて不可解である)上告人は現在も二階二間を明けて呉れゝばよいのであるが本訴で全部の明渡を求めているのは前記の如く被上告人から全部を一ケ月後に明渡すと約束されたことを原因とするものであること、上告人は馬車輓であるが馬や車を本件家屋に持込むというのではなくそれは他の場所に置く用意をしていること等は原判決の引用された証拠によつて認められるに拘らず之を無視して上告人の解約申入を無効としてその請求の一部をも認容されなかつたのは借家法の適用を誤つたものである。
以上